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15年前の8月、児童相談所の方から「幼稚園の年長の女の子で、養子縁組も可能な子ですが、先ずは夏休みに預かってみませんか」というお話を頂きました。
主人に報告したところ、「どの部屋を使う?掃除してやるから布団を出せ。夏休みと言わずずっと預かろう」「会ってもいないのに。私達が嫌われるかも知れないでしょう」というやりとりになりました。
園長先生からは「しっかりした子ですが、そっけなくて馴染みにくいかも知れません」と言われました。いつの間にか園長先生の傍にいる、上目使いにじっと見ている色黒の女の子がそうでした。「おいで」と声をかけると、膝の上にすっと乗ってきました。「こんなことはないのですが」と園長先生は驚かれていました。
「明日からおばちゃんの家にお泊まりする?」手を強く握り返してコックリ。「朝迎えにくるね」さっと部屋を出ました。あっけにとられながら帰ろうとすると、ばたばたと走る音と先生の追いかける声。玄関口でスケッチブックとリュックを持って睨みつけて待っている彼女がいました。かわいそうでしたが、施設の都合もあり、明朝迎えに来るからと帰ってきました。
翌朝、施設からなるべく早く来て欲しいとの連絡があり、急ぎ迎えに行くと彼女は玄関で待っていたらしく、車を見つけると飛び乗ってきました。車中、いかに待ちくたびれたか、お手伝いも一杯する、良い子にすると話してきて、「選挙の公約だ」と主人と大笑いしました。
最初の2日間は公約通りの良い子でした。食事も遅いことを我慢すれば残さず食べました。ただ、歯磨きをしないのでやってあげようとすると逃げ回ります。変だなと思って寝ているときに口を開けてみると、あまりの虫歯のひどさにびっくりしました。歯医者はどこも盆休み。柔らかな物で対応するしかありませんでした。
一番熱中したのがクッキーとパン作り。粘土工作も好きで、彼女が我が家でカルチャーショックを受けて作ったものは、洋式の水洗トイレといつでもお湯の出るシャワーでした。
5日間はあっという間に終わり、帰園する前の晩に初めておねしょをしました。せめてもの抵抗だったのだろうと思います。
その後も、週末は一緒に過ごせるよう努めました。
11月七五三のお祝いから、我が家に引き取りました。
ずっと家に居られると分かると、我儘が出てきました。朝起きない、食べない、返事しない、着替えない、片付けない、父ちゃんはおじさんに、母ちゃんはおばさん(か先生)に・・・所謂「試し」行動です。歯医者に連れて行ったのも気に入らなかったようです。
朝、小さなおにぎりと卵焼きや具沢山のみそ汁を用意して、後は知らん顔をしていると、お腹がすけば食べ、心細ければまとわりついてくる日がほぼ1ヶ月続きました。夜は固くしがみついたままで、気がつくと私の身体のアチコチに痣ができていました。この頃、買い物に行くと、カートに2Lのジュースを3〜4本と大きなポテトチップスやスナック菓子の袋を引きずるようにして積み込み、帰ると次々に開けてほんの少し飲んだり食べたりすると、誰にも分けずにゴミ箱に放り込み、また同じことのくり返しが4回続きました。さすがに今度は怒るぞと腹を決めて買い物に行くと、その行動はピタッと治まりました。
12月に入ると、食事は一緒にできるようになりましたが、2時間以上かかることがざらでした。まとわりつきもひどくなり、トイレまで付いて来ました。
年が明けると、赤ちゃん返りがひどくなりました。それも、買い物に行ったりお客が来たりしたときは年齢以上にしっかりした態度をとりますが、誰もいなくなると、スケッチブックの絵が突然ぐしゃぐしゃの線画になったり、ハイハイをしたり、絵本を読んでくれと膝に乗ってきたりと、そうしたことが一日に何度もくり返されました。そして、一番好んだのが自分を主人公にしたお話をしてもらうことでした。やんちゃだけど心優しい少女のストーリーを作って、どの年齢に赤ちゃん返りしたかを見ながら、その年齢に合わせて話してやっていました。その子は、今大学2年生。教職課程をとって頑張っています。
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